・束縛-----@まとめて縛ること。つなぎ捕えること。 A制限を加えて自由にさせないこと。


大石は開いていた広辞苑をパタンと閉じると、深く溜息を吐いた。

そして憂鬱そうに手で目を覆うと、充電器から携帯を取る。

電話帳のメモリーを暫く躊躇いがちにスクロールさせていたが、やがて決心したように通話ボタンを押した。

時刻はPM8:25。彼がこれ程に思い詰めた表情をしているのには、それなりの理由があった。

今から4時間程前に遡る−−−−





優しい人の愛観





「あー!おっチビ〜vvv」

「クス、今日は早いんだね。あぁ…大石も来てたんだ」


一癖も二癖もある36コンビ…不二と菊丸が部室へ着いた時、すでにリョーマと大石が居た。

部室の中は静まり返っていたが、菊丸はお構いなしにリョーマのもとへ走った。

二人ともすでに着替え終わっていて、そして妙な空気で部室に居る…そこから不二はある推測をした。

リョーマに抱きついてにゃーにゃー言ってる菊丸を横目に、大石に囁く。


「大石ってば、まさか抜け駆け…?」

「!!?い、いや…あのな、不二…」


驚いた顔でしどろもどろする大石に、不二は笑顔を崩すことなく言葉を待っていた。

リョーマはというと、そんな二人の様子をジッと見つめ、何やら期待した面持ちでいた。


「………違う。そんなんじゃないんだ」


暫く思案してから言葉を繋げた大石に、不二はにっこりと「そう」と返した。

不二のその表情とは対照的に、リョーマは不機嫌な表情になり、不意に菊丸を突き飛ばした。


「にゃ?!なっ何、おチビ!危ないじゃんか〜!」

「すいません」


リョーマは、明らかに怒っていた。本当なら菊丸の方が怒る場面だが、リョーマの迫力に固まっていた。

不二は「おやおや」と言いたげな顔で事を見守っていた。


「越前?どうしたって言うんだ」

「………大石副部長には、関係ないッスよ」


刺々しい言い方に、大石は言葉を失って「そうか…」と言う事しか出来なかった。

リョーマは解放されたと見なすと、さっさと部室を出て行った。不二は相変わらず微笑を浮かべながら、その後に続いた。

呆然と部室に残された大石と菊丸は、互いの顔を見合わせる。


「何でおチビ怒ってんの〜…?」

「…俺が聞きたいぐらいだよ」


大石は疲れたように言うと、ラケットを掴んで静かに部室を出た。

残された菊丸は、訳が分からないと言いたげな表情で、次に部員が入ってきて声をかけられるまでボーとしていた。










「大石、大石!聞いているのか?」

「!…あ、あぁ…手塚。悪い」

「…最近気が緩んでいるんじゃないのか。プレーに影響が出るようなら、レギュラーを外さなくてはいけなくなる」

「分かってる…」

「頼むから、俺にお前の名を外させる事だけはさせてくれるなよ」


手塚はいつになく優しい表情で、大石の肩をポンポンと叩いた。手塚なりの励ましなのだろう。

大石は少し熱くなった目を押さえ、「ありがとう」と呟いた。


「…そう言えば、今日は越前も調子が悪いようだが」

「!」


大石はまさか、と思いコートを見た。今まで気付かなかったが、確かに普段よりスピードがない。

表情にもかすかにやる気の無さが伺える。

リョーマのラリーの相手をしている不二は、気付いているのかいないのか…ただ黙々と打ち返していた。


「一体どうしたって言うんだ。二人も揃って…」

「…………」


手塚は小さく溜息を吐くと、「10分休憩だ!」とコート中に響く声で言った。


「解決出来る範囲なのか?」

「…分からないけど、善処するよ」

「そうか」


手塚はそれだけ言うと、「休憩してきていいぞ」と目配せした。

大石は軽く頷き、ベンチの方へと向かう。

賑やかな声が広がる休憩時間だと言うのに、大石の耳にはまるで届いていないようだった。

何かを探すように視線を動かす。と、急に目の前にタオルが突き出された。


「!あ…越前…」

「…ん」


まだムスッとした表情だったが、タオルを手渡しているだけ先程よりは機嫌がいいらしい。

顔はそっぽを向いたまま、タオルだけが大石へと向けられていた。


「有難う、越前…。使わせてもらうよ」


大石はリョーマの手からタオルを受け取ると、汗の滲んだ額に当てた。

洗剤の匂いが微かに香るそれは、リョーマと同じ匂いだった。


「…俺、大石先輩の考えてる事よく分かんない」


不意に、リョーマが呟いた。切なげに揺れている瞳は、大石の目の錯覚ではないようだ。


「分からないって…」

「俺、さっき云いましたよね?先輩の事好きって。でも、不二先輩達に誤魔化した…」

「そ、それは…」

「あれって、やっぱフられたって事ッスよね」

「越前…あのな…」

「いいよ、フッた理由なんて聞きたくない。用はそれだけっす。…あ、菊丸先輩!」


言うだけ言うと、リョーマはさっさと大石の側を離れた。

菊丸に向かって何やら「朝、突き飛ばしちゃってすんませんでした」と謝っているようだった。

珍しくリョーマの謝る姿を見て呆然とする菊丸だったが、次の瞬間には「可愛い〜!気にしないでいいよ♪」と抱きついていた。

菊丸がリョーマに抱きつく。別に普段通りの光景だったが、大石は何故か胸が痛むような感じがした。

思わず二人の所へ行って、菊丸の肩を掴んでしまった。当然、二人は驚いたように大石の顔を見る。


「…あっと…」

「どしたの、大石??」

「……」


キョトンとした菊丸と、用があるのが自分ではない事に苛立っているリョーマ。

大石は一瞬どうしようか迷ったものの、思いついた言葉を発した。


「英二…少し、相談に乗ってくれないか?」

「今??もち、いいよん♪」


菊丸はあっさりリョーマを解放すると、大石を先導するように歩き出した。それに黙って大石もついて行く。

残されたリョーマは至極複雑そうな表情で二人を見送っていた。





「んで?急にどしたの?」


木の生い茂っている木陰の気持ちいいポイントまで来ると、菊丸は大石を振り返った。

あくまで自然体で接してくる菊丸に、大石は安心したようにその場に腰を下ろす。菊丸もそれに倣った。


「…英二は、好きな子いるか?」

「めっずらし〜、大石が恋愛話してくるなんて!そりゃ、好きな子ぐらいいるけど?」

「そっか。じゃあさ…その子が他の男と話してたとして…胸が痛くなるのって、何でだと思う?」


菊丸は思わず噴出しそうになったが、大石の真剣な表情を見て寸での所で止めた。

代わりに咳払いをして、呟いた。


「そりゃ、ヤキモチってやつじゃにゃいの〜?」

「ヤキモチ…か」

「何だよ、好きな子と話してる男に嫉妬したの〜?大石って、案外束縛心とか強いのかもね♪」


菊丸が何気なく言った【束縛心】という言葉に、大石は敏感に反応した。


「束縛、か…。そうかもな、でも…そう出来る程、俺は大胆になれない…」

「大石??」

「あ、いや、何でもないよ。ありがとな、英二」


にこっと笑って御礼を言った大石に、英二は困惑気に眉を寄せた。


「別にこれぐらい何でもないけどさ〜…。悩んでるなら、何でも言ってよね!」

「あぁ、有難う…英二」













−−−−−−−−−−暫く、コール音が響いた。大石が諦めて電話を切ろうとした瞬間、『…はい』と相手の声が聞こえた。

大石は慌てて携帯を持ち直すと、高ぶる声を抑えて言葉を発した。


「もしもし、越前か?大石だ」

『大石先輩?!何で俺の携帯の番号知ってるんすか?』

「桃城に教えてもらってな。…勝手に悪かった」

『別にそれはいいっすけど…』


リョーマが濁した言葉の先が、大石には手に取るように分かった。

『何で、電話をかけてきたんすか?』…きっと、こう言いたいに違いない。


「…越前、俺に好きだって言ってくれたよな?本当は…嬉しかった…」


電話越しに、リョーマが息を呑む気配がした。大石は、言葉を続ける。


「でも、俺はまだ自分自身と…越前と、向き合っていく自信がないんだ…」

『………』

「…もう少し、時間をくれないかな?自信を持って、越前が好きだと言えるまで」

『…でも…』

「図々しいかな、やっぱり…。ごめん、勝手な事ばっかり言って」

『ううん…俺にしてみれば、願ったりだし』

「有難う…越前」

『俺の方こそ、ちゃんと考えてくれて有難う。…おやすみ、先輩』

「あぁ…おやすみ、越前」


通話を切って、大石はホッと一息ついた。その顔には穏やかな微笑さえ伺える。

自分に素直になろうと、大石が心に誓った夜だった。







初の大石リョです〜。ほんとはこれ、40000HITのキリリクなんですが…すいません、連載にしちゃって;;
最近はほんと短編が書けなくなっちゃったんですよね…。
書いてるうちにどんどんストーリーが膨らむんで…すんません、お付き合い下さいませ。
右京様、リクエスト有難う御座いました;続きますので、読んで下さると嬉しいですvv